フランスで最も権威あるワイン評価誌のひとつ、ラ・ルヴュ・デュ・ヴァン・ド・フランス(RVF)。その『Guide des Meilleurs Vins de France 2026(フランス最優秀ワイン・ガイド2026)』で、ドメーヌ・ゴワゾが二つ星に選出されました。
最高位の三つ星に次ぐ二つ星は、フランスを代表する造り手のひとつと認められた証です。けれどこのニュースを聞いたとき、私たちが最初に思い浮かべたのは「ついに」でも「意外だ」でもなく、「この家は、ずっとこうしてきたのだ」という感覚でした。
なぜそう感じるのか。この造り手の400年を、少しだけ辿らせてください。
16世紀末から、14代続く
ドメーヌ・ゴワゾがあるのは、ブルゴーニュ北部ヨンヌ県、サン・ブリ・ル・ヴィヌーの村。シャブリから南西へ、車で20分ほどの距離です。
家の記録に最初に現れるブドウ栽培者は、16世紀末のジェルマン・ゴワゾ。以来、この家はずっとこの村でブドウを育ててきました。フィロキセラ禍のあとに畑を植え直したウジェーヌとアントニア。二つの大戦を挟んで畑を守り直したラウルとジュヌヴィエーヴ。1955年にトラクターを、57年に跨線式トラクターを導入し、瓶詰め販売へと舵を切ったユーグとマリー=クロード。
現当主のギレムで、14代目です。
400年という時間は、ワインの世界では珍しくないのかもしれません。けれど珍しいのは、その長さではなく、この家が「守る」ではなく「変える」ことで続いてきたという点でした。
1974年、16歳。そして1979年
ジャン・ユーグ・ゴワゾがこの畑に加わったのは1974年、16歳のときでした。そして1979年、ジスレーヌが彼のもとへ加わります。
ここからのゴワゾは、少しずつ、しかし後戻りせずに変わっていきます。
1990年、有機栽培への転換を開始。 2001年、ドメーヌ全体で有機認証を取得。
11年かけての転換でした。当時のブルゴーニュ北部で、しかも「シャブリではない」というだけで安く買い叩かれがちだった土地で、これを選ぶことがどれほどの覚悟だったか。想像するしかありません。
2000年代半ば、息子のギレムがマリーとともに家業に加わります。そして2005年、ビオディナミ(デメテール)認証を取得。
ジスレーヌが引退したのは2021年のことです。42年間、この畑にいました。
「偉大なワインは、偉大な栽培から生まれる」──ドメーヌが掲げるこの言葉は、標語ではなく、三十年以上かけて実際に選んできたことの記述なのだと思います。
「シャブリの隣」ではなく、オーセロワという土地
サン・ブリとイランシーに挟まれたこの一帯は、長く「シャブリの隣」として語られてきました。
けれど地面を見れば、話は変わります。
ゴワゾの畑を構成するのは、ジュラ紀後期の石灰質土壌。キンメリジャンの石灰岩と泥灰土が、場所によっては80メートルもの厚みで層を成しています。これはシャブリの偉大さを支えているのと同じ地層です。
つまりオーセロワは「シャブリの控え」なのではなく、同じ古代の海底を、違う角度から受け継いだ土地なのです。
化石が、キュヴェの名前になるということ
このドメーヌのワインの名前を眺めていると、彼らが何を映そうとしているのかがよくわかります。
たとえば「エグゾジラ・ヴィルギュラ(Exogyra Virgula)」。これはキンメリジャン期の地層を示す、小さな牡蠣の化石の学名です。ワインの名前に、産地でも家名でもなく、地層を証明する貝の名をつける。
たとえば「ビオモン(Le Biomont)」。標高238〜251m、南東向きの区画で、土は赤い粘土を含むジュラ紀石灰岩。ここからはアンモナイトの化石が出ます。樹齢は10年から80年、四世代分のブドウ樹が同じ2.13ヘクタールに混在しています。
たとえば「ラ・ロンス(La Ronce)」。標高175〜193m、北向き1ヘクタール。キンメリジャンの白い泥灰土。収量は30〜35hL/haに抑えられています。
区画ごとに、標高、向き、地層、樹齢が違う。だから名前も違う。ゴワゾのラインナップは、そのままオーセロワの地質断面図になっているのです。
引き算でつくる
醸造も、思想は一貫しています。
野生酵母による自然発酵。バトナージュ(澱の撹拌)は行わない。亜硫酸は最小限にとどめ、必要に応じて瓶詰め時に微調整するのみ。樽は新樽をほとんど使わず、1〜4年使用した古樽での13〜15ヶ月熟成が基本です(ビオモンのみ新樽20%)。
足し算をしない。だから、石灰質が生む張りのある酸と塩気が、そのまま輪郭として立ち上がってきます。ゴワゾの白に共通する「塩を感じる余韻」は、技術ではなく、地面の味なのだと思います。
二つ星を、味わいで確かめる
セパージュがお取り扱いしているキュヴェから、性格の異なる6本をご紹介します。
淡いレモンイエロー。白花と青リンゴの香り、白桃とライム、そして塩気を伴うミネラル。「アリゴテだから」という前提が崩れる一本です。まずはここから。
ソーヴィニヨン・ブラン100%。シャープに引き締まった酸と豊かな果実味、柑橘・白花・火打石。ブルゴーニュで唯一ソーヴィニヨンを名乗れるアペラシオン、サン・ブリの真骨頂。
シャルドネ100%。洋梨とグレープフルーツに、かすかな生姜のスパイス。美しいテクスチャーと長い余韻。ホタテのカルパッチョ、ハーブローストチキン、シェーヴルと。
標高250〜270m、樹齢40〜60年。淡い黄金色、洋梨と林檎、ヘーゼルナッツとブリオッシュのトースト香。キンメリジャン由来の塩気ある緊張感と、柑橘の皮・白胡椒の余韻。熟成能力あり。
ピノ・ノワール100%。ルビーの輝きを帯びたガーネット。森の果実、スパイス、リコリス、ロースト香。きめ細やかなタンニンと、伸びのあるエレガンス。
アンモナイトの眠る2.13ヘクタールから。熟した果実、シナモン、花の香り。繊細な輪郭と、エネルギッシュで力強い余韻。RVF誌93点。ドメーヌの到達点を示す一本です。
おわりに ── つなぎ手として
二つ星という評価は、ある日突然もたらされたものではありません。
1974年に16歳で畑に立った父。1979年に加わり、42年間そこにいた母。1990年に始まり2001年に実を結んだ転換。2005年のビオディナミ。そして14代目のギレム。
ゴワゾのワインが伝えているのは、味わいであると同時に、時間の受け渡し方そのものなのだと思います。
そしていま、5,000円台から、その仕事に触れることができる。これはおそらく、そう長くは続かない状況です。評価が行き渡る前に、ぜひ一度、グラスで確かめてみてください。