サンセールの銘醸地ヴェルディニーに本拠を置くドメーヌ・ドゥニゾ。当主兼ワインメーカーのジェニファー・ドゥニゾ氏が来日し、私たちは直接話を聞く機会を得ました。そこで語られたのは、ウェブサイトやテクニカルシートには載っていない、ドゥニゾのワインの「純度」を支える2つの技術的選択でした。プロフェッショナルの皆様にこそ知っていただきたい内容として、本稿でご紹介します。
前提として - ドゥニゾの哲学「最小介入」
ドゥニゾ家はサンセールで6世代(畑仕事の歴史としては8世代)にわたりブドウ栽培に携わってきた家系です。現在はティボー&ジェニファー夫妻が20ha超の畑を率い、サンセールとプイィ・フュメの2つのアペラシオンでワインを生み出しています。カイヨット(ポルトランディアン石灰岩)を主体とする畑からは、シャープなミネラルと張りのある酸を備えたソーヴィニヨン・ブランが生まれます。
彼らの醸造哲学は一貫して「ワインの品質は畑で決まる。セラーでの仕事は、果実が持つ自然な表現を損なわず保存すること」。手摘み収穫、グラヴィティ・フロー、野生酵母による醸造など、介入を最小限に抑えるアプローチが徹底されています。
今回ジェニファー氏が明かした2つの選択は、この哲学が単なるスローガンではなく、細部の技術判断にまで貫かれていることを示すものでした。
1. 酸化防止剤は「火山活動由来」の二酸化硫黄
ドゥニゾでは、酸化防止剤として使用するSO₂に、火山活動由来の、より自然に近い形の二酸化硫黄を採用しています。
SO₂の使用量を極限まで減らす造り手は少なくありません。しかしドゥニゾのアプローチが興味深いのは、「量を減らす」だけでなく「由来を選ぶ」という点にあります。ジェニファーによれば、火山由来のSO₂を用いることで、一般的な(工業的に生成された)酸化防止剤を極少量使うよりも、さらに無添加に近い状態を実現しながら、品質の安定性も確保できるとのこと。
無添加(サン・スフル)のワインが抱えるリスク - 輸送や保管環境によるボトル差、マメや揮発酸の問題 - は、輸入・販売に携わる私たちにとって無視できない現実です。ドゥニゾの選択は、ナチュラルな造りへの志向と、遠く日本まで運ばれても揺るがない品質という、しばしば相反する2つの要求に対するひとつの回答と言えるでしょう。
2. 樽は「焦がす」のではなく「蒸気で木目を埋める」
もうひとつの革新が、発酵・熟成に使用する木樽です。
一般的な樽製造では、樽の内側を火で焦がす「トースト」の工程を経ます。トーストの強弱はワインにヴァニラやスパイス、ロースト香といったニュアンスを与え、それ自体がスタイル設計の重要な要素です。しかし、サンセールのような繊細なミネラルとフレッシュさを身上とするテロワールにとって、トースト香は諸刃の剣でもあります。
ドゥニゾが使用するのは、スチーム(蒸気)で木目を埋めた樽。焦がさないことでトースト由来のニュアンスがワインを覆うことがなく、テロワール由来の繊細なミネラルやフレッシュさがそのまま残ります。さらに重要なのは、ジェニファー氏の言葉を借りれば、これが単なる「引き算」ではないという点です。蒸気処理によって木目が適切に埋まった樽は、過剰でも過少でもない酸素透過を実現し、テロワールの表現をむしろ助長するのだといいます。
ステンレスタンクの還元的な環境では得られない、樽ならではの緩やかな酸素供給。それを樽香という代償なしに手に入れる、「樽を使うのに樽を感じさせない」ドゥニゾのワインの質感の秘密が、ここにあります。
サンセールに「格付け」がないことの意味 - そして、それが生む好機
もうひとつ、ジェニファー氏との対話で印象的だったのが、サンセールというアペラシオンの構造的な課題についての率直な言葉でした。
サンセールを分かりづらくしている大きな要因のひとつが、シャブリのようなプルミエ・クリュ/グラン・クリュといった格付けの概念が存在しないことです。レ・ブファン、コート・ド・レペ、モン・ダネといった、造り手の間では別格とされる区画があるにもかかわらず、ラベル上ではそれらを頂点とするヒエラルキーが公式には示されません。買い手にとっては、村名シャブリと特級シャブリのような分かりやすい価値の指標が、サンセールには用意されていないのです。
ジェニファー氏はAOCサンセールのアンバサダーとしても活動しており、この格付け整備はまさに彼女に期待したいところです。実際、議論には上がっているとのことですが、実現にはもう少し時間がかかるだろう、というのが現場の実感だそうです。
ここで視点を変えてみましょう。格付けが存在しないという「分かりづらさ」は、裏を返せば、知識を持つ者にとっての好機です。単一畑のサンセールがどのようなテロワールなのか - 土壌、斜度、向き、そしてその区画がなぜ造り手の間で特別視されるのか - をしっかり理解していれば、1級や特級といった格付けによって価格が押し上げられる前の今のうちに、真に価値のあるワインを適切な価格で入手できるということです。
ブルゴーニュで起きていることを思い出してみましょう。格付けと知名度が価格を牽引し、本来の品質に対して割高になった銘柄は少なくありません。一方サンセールの偉大な単一畑は、いまだ「サンセール」という村名相当の看板の下で販売されています。将来もし格付けが導入されれば、頂点に立つであろう区画のワインが、現時点ではその評価を価格に織り込んでいない。これはテロワールを読める買い手にとって、極めて有利になる判断の対象と言えるでしょう。
テイスティングで確かめていただきたいこと
この2つの技術的選択がグラスの中でどう現れるか。ぜひ以下の観点でドゥニゾのワインを検証してみてください。
まず、香りの純度。トースト香に覆われることのない、火打石を思わせるミネラルと柑橘・白い果実のアロマがどれだけダイレクトに立ち上がるか。次に、口中の質感。樽熟成由来のまろやかさと奥行きがありながら、フレッシュな酸の輪郭が一切ぼやけていないこと。そして最後に、状態の安定感。抜栓後の変化やボトル間のブレの少なさは、提供する際の大きな価値になるはずです。
「ナチュラルであること」と「安定していること」の両立。ドゥニゾの答えは、声高な主張ではなく、SO₂の由来や樽の製法といった細部にこそ宿っていました。来日したジェニファー氏の言葉から見えたのは、伝統ある家族経営ドメーヌの、極めて現代的で知的な醸造設計です。
ドメーヌ・ドゥニゾのワインはこちら
https://cepages-wines.com/collections/domaine-denizot