記事: 「足す」より「足さない」――フレールジャン・フレールに宿るブルゴーニュのエスプリ

「足す」より「足さない」――フレールジャン・フレールに宿るブルゴーニュのエスプリ
先日、コート・デ・ブランのアヴィーズに拠点を構えるシャンパーニュ・メゾン、フレールジャン・フレール(Frèrejean Frères)の当主ルドルフ・フレールジャン・テタンジェ氏が来日しました。ギヨーム、リシャール、ルドルフの3兄弟が立ち上げた、まだ若いメゾンです。
滞在中、セミナーの最中にじっくり話を伺うことができました。その中でとくに印象に残った2つのテーマ――「ドザージュとの向き合い方」と「ブルゴーニュから受け継いだもの」――を、今回はワインの知識としてご紹介したいと思います。どちらも、フレールジャン・フレールのシャンパーニュをより深く味わうための手がかりになるはずです。
1. 「何グラム加えたか」ではなく「いかに加えないか」
日本の愛好家が気にする「ドザージュ◯g」
シャンパーニュは、瓶内二次発酵と熟成を経て澱を抜く(デゴルジュマン)際に、少量のリキュール(ワインと糖分を合わせたもの)を加えて最終的な味わいを整えます。これが「ドザージュ」です。
日本のシャンパーニュ愛好家の方は、とても勉強熱心です。テクニカルシートを見て「ドザージュは何グラム?」と確認し、数字が小さいほど辛口でピュア、と判断される方も少なくありません。実際、私自身もお客様からいちばん多くいただく質問のひとつがこれです。
フレールジャン・フレールの答え
この質問をルドルフ氏に投げかけたところ、返ってきたのは少し意外な答えでした。
彼らが大切にしているのは「どれだけ加えるか」ではなく、「いかに加えずに済むワインを造るか」だというのです。ブドウの質、長い熟成、ベースワインとリザーヴワインの組み立て。そうした積み重ねによってワインそのもののバランスが整っていれば、最後に足すものはごくわずかで済む。ドザージュはあくまで仕上げの微調整であって、味わいを決める主役ではない、という考え方です。
だからこそフレールジャン・フレールは、キュヴェによってはドザージュのグラム数を公表していません。その代わり、ワインに含まれるトータルの残糖量は明らかにしています。
なぜ「トータルの残糖量」なのか
ここは少し専門的になりますが、知っておくとシャンパーニュ選びが一段と楽しくなるポイントです。
- 飲み手が感じる甘さは、ドザージュで加えた糖分だけで決まるわけではありません。発酵後にワインに残っていた糖分も合わさった「総量」が、実際の味わいに関わります。
- 「ブリュット」「エクストラ・ブリュット」といった表示区分も、ドザージュの量ではなく、最終的な残糖量で定められています。
- さらに、同じ残糖量でも、酸の強さ、熟成による旨みや厚み、泡のきめ細かさによって、甘さの感じ方は大きく変わります。
▶ 残糖量による表示区分については、こちらの記事で詳しく解説しています:“糖度”だけで味が変わる - 辛口シャンパーニュ ブリュットの種類と味わいの違い
つまり「ドザージュ◯g」という数字は、ワインの一断面にすぎません。数字だけがひとり歩きすると、かえってワインの本質から目が離れてしまう――ルドルフ氏の言葉には、そんな思いが込められているように感じました。
数字はもちろん参考になります。ただ、フレールジャン・フレールのシャンパーニュを飲むときには、ぜひ一度スペックを脇に置いて、グラスの中のバランスそのものを感じてみてください。
2. シャンパーニュに組み込まれた、ブルゴーニュのDNA
父方のルーツはブルゴーニュ
もうひとつ興味深かったのが、家系の話です。フレールジャン家は、父方の家系がブルゴーニュにルーツを持っています。
私は長くブルゴーニュのワインに携わってきましたが、フレールジャン・フレールのシャンパーニュを初めて飲んだとき、泡の奥にどこかブルゴーニュの白や赤に通じる佇まいを感じたのを覚えています。今回お話を伺って、その感覚の理由に合点がいきました。シャンパーニュでありながら、ブルゴーニュの要素がDNAとして組み込まれている。そんなエスプリが、彼らのワインには確かに息づいています。
それは単なる「家系の物語」ではなく、具体的な醸造の選択にも表れています。
ロゼのピノ・ノワールは、コート・ド・ニュイの1回使用樽で
フレールジャン・フレールのロゼに使われるピノ・ノワールは、コート・ド・ニュイで一度使用された樽で仕込まれています。
コート・ド・ニュイといえば、ジュヴレ・シャンベルタン、ヴォーヌ・ロマネ、シャンボール・ミュジニーなど、世界最高峰のピノ・ノワールを生む土地です。その地で一度ピノ・ノワールを育んだ樽を、シャンパーニュのピノ・ノワールに用いる。新樽のような強い樽の風味を与えるのではなく、ブルゴーニュの空気をまとった器で、果実の表情をやさしく引き出す――ブルゴーニュにルーツを持つ彼らならではの、象徴的な選択だと思います。
ロゼを口にしたとき、華やかな赤い果実の奥に感じる落ち着いた陰影や、しなやかな質感。そこにコート・ド・ニュイの記憶を重ねてみると、また違った味わいが見えてくるはずです。
VV26 ――「シャンパーニュのピュリニー・モンラッシェ」
そして、このメゾンのブルゴーニュ的エスプリをもっとも雄弁に語るのが、看板キュヴェの「VV26」です。
名前の「VV26」は「Vieilles Vignes de 1926」、つまり1926年に植えられた古樹に由来します。コート・デ・ブランのグラン・クリュ、クラマンを中心とする古樹のシャルドネのみから造られるブラン・ド・ブランで、樽を用いた醸造と長い瓶内熟成を経て、伝統的なアグラフ(留め金)で栓をして送り出されます。
このVV26は、「シャンパーニュのピュリニー・モンラッシェ」と例えられることがあります。ピュリニー・モンラッシェは、コート・ド・ボーヌの中でも、張りつめた酸と石灰質のミネラル、白い花やシトラス、ヘーゼルナッツを思わせる香りが、緻密で品格ある骨格の上に重なる白ワインの産地です。
VV26を味わうと、その例えが決して誇張ではないことがわかります。古樹由来の凝縮感、樽と熟成がもたらすクリーミーな厚み、そしてそれを最後まで引き締める、まっすぐなミネラル。泡を纏ってはいますが、その本質は偉大なブルゴーニュの白ワインと同じ地平にあります。
おすすめは、少し大ぶりのグラスで、冷やしすぎない温度(10〜12℃程度)でゆっくりと。グラスの中で時間とともに開いていく様子は、まさに上質なピュリニーを楽しむ感覚に近いものがあります。
おわりに――「足さない」ことと「受け継ぐ」こと
「いかに加えないか」というドザージュへの姿勢と、ブルゴーニュから受け継いだDNA。一見別々の話のようですが、根っこにあるのは同じだと私は感じています。それは、ブドウとテロワール、そして時間が生み出すものを信じ、余計なものを足さずにワインそのものに語らせる、という姿勢です。
ルドルフ氏の言葉と、グラスの中の味わい。その両方に触れて、フレールジャン・フレールというメゾンの輪郭が、私の中でいっそうくっきりと浮かび上がりました。
フレールジャン・フレールのシャンパーニュは、セパージュのオンラインショップでもお取り扱いしています。数字を一度忘れて、ぜひその「足さない」美しさを確かめてみてください。


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