私たちは、何を選んでいるのだろう
ワインショップの棚の前に立つ。あるいは、レストランでワインリストを開く。そのとき、私たちは何を手がかりに選んでいるでしょうか。
産地。ヴィンテージ。格付け。評価誌の点数。もちろん、それらはどれも役に立つ情報です。けれど、少しだけ立ち止まって考えてみたいのです。その一本を本当に「選んだ」とき、心を動かしたものは何だったのか、と。
前回、私たちは「洋魂和才の審美眼」─世界のワインを日本の眼で選び、その奥にあるものを届けるという哲学をお話ししました。今回はそれを、飲み手であるあなたの側に引き寄せてみます。ラベルではなく、その奥の「人」を飲む。それは、決して難しいことではありません。
ラベルは、手紙の封筒にすぎない
有名なラベルには、たしかに安心感があります。名の通ったシャトー、高い点数、輝かしい受賞歴。それらは「間違いのない選択」を約束してくれるように見えます。
けれど、ラベルはあくまで封筒です。大切なのは、その中に書かれた手紙のほう。誰が、どんな土地で、どんな想いでこのワインを造ったのか。封筒の立派さと、手紙の中身の豊かさは、必ずしも一致しません。
無名の造り手が、急斜面の畑で、機械の入れない区画を手作業で守り抜いている。祖父の代から受け継いだ古樹に、あえて手を加えずに向き合っている。そうした一本は、ラベルだけを見ていては、決して出会えません。
私たちがお伝えしたいのは、有名なワインを否定することではありません。ラベルの奥にもう一つ、選ぶ手がかりがある─そのことに気づいていただきたいのです。
つくり手を感じる、四つの手がかり
では、その「奥にいる人」を、どうすれば感じ取れるのでしょうか。特別な知識は要りません。ほんの少し、視点を変えるだけです。
一、造り手の名前を、覚えてみる
まずは、シャトーやドメーヌの名前だけでなく、そこにいる「人」の名前に目を向けてみてください。誰がこのワインの責任者なのか。当主なのか、若い後継者なのか、外から来た醸造家なのか。名前を一人でも覚えると、次に同じ造り手の別のワインに出会ったとき、それは「知らない一本」ではなく「あの人の新作」になります。ワインが、点ではなく線でつながり始めます。
二、その土地の物語を、少しだけ知る
ワインは、生まれた土地から離れられません。冷涼なのか温暖なのか。斜面なのか平地なのか。石灰質か、粘土質か。その土地がどんな性格を持つかを少し知るだけで、グラスの中の味わいが「なぜこうなのか」という納得に変わります。飲むことが、その土地を旅することに近づいていきます。
三、造り手が「しなかったこと」に注目する
優れた造り手は、何をしたかと同じくらい、何をしなかったかを語ります。過剰に手を加えない。流行を追わない。収量を欲張らない。そうした「引き算」の選択にこそ、その人の哲学が滲みます。饒舌な説明よりも、抑制された仕事のほうが、つくり手の人間性を雄弁に語ることがあります。
四、直感を、信じてみる
そして最後は、理屈を手放すこと。ラベルの情報や点数をいったん脇に置いて、「なぜかこれが気になる」という感覚を大切にしてみてください。その直感は、案外あてになります。あなたが心惹かれた一本の奥には、たいてい、真摯に仕事をした誰かがいるものです。
一本のワインは、一人の人生
考えてみれば、ワインとは不思議な飲みものです。
一年のうち、造り手が自らの手で味を決められる瞬間は、驚くほど少ない。畑仕事の大半は自然が相手で、天候は思い通りになりません。それでも造り手は、毎年、その年の自然と対話し、できる限りのことを尽くして、一本のボトルに想いを封じ込めます。
だから、一本のワインには、一人の人生が入っています。その人がどんな土地を選び、何を信じ、何を諦めなかったのか。グラスを傾けるとき、私たちはその人生の一片を、静かに分けてもらっているのです。
そう思うと、ワインを飲むという行為が、少しだけ豊かに感じられてこないでしょうか。
私たちにできること
セパージュの仕事は、この「奥にいる人」と、あなたをつなぐことです。
私たちは、造り手のもとを訪ね、その手を見て、その言葉を聞いてから、一本を選びます。だからこのブログでも、これから一人ひとりの造り手の物語を、丁寧にお伝えしていきます。彼らがどんな土地で、どんな信念のもとにワインを造っているのか。その人間味こそが、私たちが本当にお届けしたいものだからです。
次にワインを開けるとき、ほんの少しだけ、ラベルの奥を想像してみてください。そこには必ず、一人の人がいます。
その人を感じられたとき、あなたのワインは、もう「ただの味わい」ではなくなっているはずです。